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熟年離婚と年金分割。定年後に資産と年金を半分持っていかれる男たち

40,686組同居20年以上の夫婦の離婚件数(2024年)
約74%婚姻関係の調停を申し立てたのが妻だった割合(令和6年)
約4.1万円/月平均標準報酬50万円・婚姻30年のモデルで夫の年金から減る額(試算)

38年間、会社に尽くした。満員電車に揺られ、単身赴任もこなし、子供2人を大学まで出した。定年の日、花束をもらって家に帰る。妻が言う。「お疲れさま。それで、話があるの」。テーブルの上には、記入済みの離婚届。

冗談じゃない。これが熟年離婚だ。夫が定年を迎え、退職金が振り込まれ、子供が独立した。妻にとっては、待ち続けた「その時」だ。そして日本の法律は、夫が38年かけて積み上げた退職金、自宅、預金、そしてこれから受け取るはずの厚生年金まで、半分を妻に渡す仕組みを用意している。「定年後は夫婦でのんびり旅行でも」なんて言っていた先輩が、60過ぎてワンルームで一人、カップ酒を飲んでいる姿を想像してみろ。

この記事では、熟年離婚の実態と、財産分与・年金分割の仕組み、そして平均標準報酬50万円・婚姻30年のモデルで男が失う資産と年金を試算する。老後の資産を、半分にされない生き方がある。

この記事の結論

  1. 同居20年以上の熟年離婚は2024年に4万686組。離婚全体の約2割を占める
  2. 夫婦関係の調停を申し立てるのは、約74%が妻だ
  3. 熟年離婚では、退職金と自宅を含む財産を原則2分の1ずつ分ける
  4. 年金分割で、婚姻期間中の厚生年金の記録が最大2分の1まで妻に移る
  5. モデルでは、資産と年金を合わせて4,000万円以上を失う。独身なら、ゼロだ

熟年離婚は、40年あまりで約4倍に

同居期間が20年以上の夫婦の離婚を、一般に「熟年離婚」と呼ぶ。厚生労働省の人口動態統計によると、その件数は長期的に増え続けている。

同居期間20年以上の夫婦の離婚件数

Fig. 01
出典:厚生労働省「人口動態統計」、国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」。同居期間は同居を始めてから別居するまでの期間

1980年に約1万900組だった熟年離婚は、2024年には4万686組。離婚の総数は2002年の約29万組をピークに減っているのに、熟年離婚は高い水準を保っている。離婚全体に占める割合も、1980年の7.7%から2023年には21.7%に上がった。離婚の5件に1件以上は、20年以上連れ添った夫婦だ。

切り出すのは誰か:申し立ての約74%は妻

最高裁判所の司法統計(令和6年)で、家庭裁判所の婚姻関係事件(夫婦関係の調整などの調停・審判)の申し立てを見ると、申立人は夫が1万5,406件、妻が4万3,046件だった。約74%が妻からの申し立てだ。

婚姻関係事件の申立人(令和6年・全家庭裁判所)

Fig. 02
出典:最高裁判所「令和6年 司法統計年報 家事編」第19表。婚姻関係事件は離婚や円満調整、婚姻費用分担などの調停・審判で、熟年離婚に限らない

熟年離婚が起きやすいタイミングは、はっきりしている。

  • 夫の定年退職:退職金が入り、財産が最も大きくなる時期。夫が一日中家にいるようになる
  • 子供の独立:「子供のために」と我慢してきた理由がなくなる
  • 住宅ローンの完済:自宅の価値がそのまま財産分与の対象になる

つまり、夫が最も多くの財産を持ち、最も稼げなくなった瞬間に、離婚の話が出る。妻の側から見れば合理的なタイミングだ。夫の側から見れば、最悪のタイミングだ。

「うちの妻に限って」と言う定年間近の先輩へ

先輩、退職金の振込日、奥さんに教えましたよね。で、奥さん、最近やけに年金事務所のパンフレット読んでませんか。「情報通知書」って書類、取り寄せてませんか。それ、年金分割の準備です。

熟年離婚が増えた4つの背景

なぜ、20年以上連れ添った夫婦が別れるようになったのか。背景には、社会の仕組みの変化がある。

熟年離婚が増えた背景
背景内容
年金分割制度の導入2007年に合意分割、2008年に3号分割が始まった。専業主婦でも、離婚後に夫の厚生年金の一部を自分の年金として受け取れるようになった
長寿化男性の平均寿命は81歳を超えた。定年後に夫婦二人で過ごす時間は20年以上になる。我慢して一緒にいる期間が、昔よりずっと長い
女性の就業パートや正社員として働く女性が増え、離婚後に自分で生活費を稼ぐ道が開けた
価値観の変化「離婚は恥」という世間体が薄れた。子供が独立したら自分の人生を生きる、という考え方が広がった

中でも大きいのが、年金分割制度だ。かつて専業主婦が熟年離婚すると、自分の年金は基礎年金だけで、老後の生活が成り立たなかった。だから我慢した。今は違う。夫の厚生年金の記録の一部を、離婚後に自分のものにできる。制度が、熟年離婚の背中を押している。

そして長寿化は、夫の側の計算も狂わせる。定年後の20年以上を、会話のない妻と同じ家で過ごすか、資産と年金を半分渡して一人になるか。どちらを選んでも、結婚した時点で思い描いた老後とは違う。

熟年離婚の財産分与:退職金と自宅が狙われる

熟年離婚の財産分与は、若い夫婦の離婚と比べて桁が違う。結婚生活が長いほど、共有財産が積み上がっているからだ。

熟年離婚で財産分与の対象になりやすい財産
財産扱い
退職金婚姻期間に対応する部分が対象。大卒の定年退職者の退職給付は平均で約1,900万円(厚生労働省「就労条件総合調査」2023年)
自宅住宅ローンを払い終えていれば、時価がそのまま財産になる
預貯金・投資婚姻中に積み上げた分はすべて対象。夫名義でも関係ない
企業年金・iDeCo婚姻中に積み立てた分は対象

司法統計(令和6年)では、婚姻期間25年以上の夫婦が家庭裁判所の調停などで離婚し、財産分与の金額が決まったケースのうち、約38%が1,000万円を超え、約15%は2,000万円を超えていた。

年金分割とは:合意分割と3号分割

熟年離婚で財産分与と並んで大きいのが、年金分割だ。離婚したときに、婚姻期間中の厚生年金の保険料納付記録を夫婦で分ける制度で、2007年4月に始まった。

年金分割の2つの方法
項目合意分割3号分割
対象期間婚姻期間全体2008年4月以降で、妻が第3号被保険者(会社員の夫に扶養されていた)期間
分割の割合夫婦の合意、または裁判所の決定で、最大2分の1まで2分の1
夫の同意合意が必要。まとまらなければ家庭裁判所が決める不要。妻の請求だけで分割される
請求期限離婚の翌日から5年(2026年4月1日より前の離婚は2年)

注意すべき点は三つある。

  • 分けられるのは厚生年金の部分だけ:基礎年金(国民年金)は分割の対象にならない。分割されるのは、給料に比例する報酬比例部分だ
  • 裁判所が決めると、ほぼ2分の1:合意分割でも、家庭裁判所の審判では分割の割合を0.5とする判断が一般的だ
  • 3号分割は夫の同意がいらない:専業主婦の期間が長ければ、妻の請求だけで半分が移る

モデル試算:夫の年金はいくら減るか

具体的に計算してみよう。夫は会社員で40年間厚生年金に加入、平均標準報酬額(賞与込みの月収の平均)は50万円。そのうち30年間が婚姻期間で、妻はその間ずっと専業主婦だったとする。

年金分割のモデル試算(年額)
項目計算年額
夫の報酬比例部分(40年分)50万円×5.481/1000×480月約131.5万円
うち婚姻期間(30年分)50万円×5.481/1000×360月約98.7万円
分割で妻に移る分(2分の1)98.7万円÷2約49.3万円

年金分割では、婚姻期間中の夫婦の厚生年金の記録を合計し、それを分け合う。妻が専業主婦で自分の記録がゼロなら、夫の婚姻期間分の記録の半分がそのまま妻に移る。モデルでは、夫の報酬比例部分が年約49万円、月約4.1万円減る計算だ。夫の老齢厚生年金は、生涯この減った額で支給される。

年金分割の前と後:夫の年金月額(モデル)

Fig. 03
東京ソロ充男子のモデル試算。基礎年金は満額に近い月約6.9万円、報酬比例部分は平均標準報酬額50万円×40年。妻は専業主婦で婚姻期間30年分の記録の2分の1が移るとした。実際の金額は加入記録によって異なる

月約4.1万円の減額は、小さく見えるかもしれない。だが、65歳から90歳まで25年間受け取れば、総額約1,230万円。しかも年金は一生続くので、長生きするほど失う額は増える。

熟年離婚で失うものの総額

財産分与と年金分割を合わせて、熟年離婚で夫が失うものを整理してみる。夫婦の共有財産が、自宅(ローン完済・時価3,000万円)、預貯金と投資1,500万円、退職金1,500万円(婚姻期間対応分)の合計6,000万円だったとする。

熟年離婚で夫が失うもの(モデル・婚姻30年)
項目失う金額
財産分与(共有財産6,000万円の2分の1)約3,000万円
年金分割(年約49万円×25年)約1,230万円
合計約4,230万円

自宅を妻に渡すなら、夫は60代で賃貸を探すことになる。高齢の単身男性は、賃貸住宅の入居審査で断られることもある。手元に残るのは、半分になった預金と、減った年金と、住む場所の不安だ。

熟年離婚した男の老後

熟年離婚した男の老後が厳しいのは、金だけの問題ではない。

  • 家事ができない:40年近く家事を妻に任せてきた男は、料理も洗濯も一から覚えなければならない
  • 一人の過ごし方を知らない:会社と家庭以外の居場所を持たないまま、いきなり一人になる
  • 人間関係が会社にしかない:定年で会社のつながりが切れ、家族のつながりも切れる
  • 老後の計画が崩れる:夫婦二人の年金と資産を前提にした計画が、すべて白紙になる

内閣府の孤独・孤立に関する調査(2024年)でも、男性では50代と60代で孤独感が「しばしば・常にある」と答えた人の割合が高かった。準備なく一人になった男は、孤独に弱い。

しかも熟年離婚した男は、子供との関係も微妙になりやすい。離婚を切り出した母親の側に、成人した子供がつくことは珍しくない。家族のために働いた40年の結果が、家族のいない老後だとしたら、最初から一人で生きる準備をしてきた独身の方が、よほど筋が通っている。

生涯独身なら、何も分割されない

ここで、同じ年収で生涯独身を選んだ男と比べてみよう。

生涯独身の男(65歳)

  • 資産はすべて自分のもの。分割されない
  • 年金も全額自分のもの
  • 家事も一人の過ごし方も、何十年も前から身についている
  • 趣味の仲間と行きつけの店がある
  • 老後の計画は最初から一人前提。崩れる心配がない

熟年離婚した男(65歳)

  • 財産は半分。自宅を失うこともある
  • 年金は月数万円減る
  • 家事も一人の過ごし方も、今から覚える
  • 会社と家族のつながりを同時に失う
  • 老後の計画は白紙からやり直し

どちらも最後は一人だ。違うのは、一人で生きる準備を何十年もかけてしてきたか、60歳を過ぎて突然放り出されたかだ。そして独身の男は、資産も年金も、誰にも半分にされない。

すでに結婚している男ができること

すでに結婚している男が、熟年離婚のダメージを少しでも減らすためにできることもある。

  1. 特有財産を分けて管理する結婚前の預金や相続財産は、婚姻後の資金と混ぜずに記録を残す。財産分与の対象から外すための証拠になる。
  2. 家事と一人の過ごし方を今から身につける料理、洗濯、掃除を自分でできるようにしておく。一人で楽しめる趣味を持っておく。
  3. 会社以外の居場所を作る趣味のサークル、地域の活動、行きつけの店。定年後も続くつながりを持つ。
  4. 自分の年金記録を確認するねんきん定期便やねんきんネットで、自分の厚生年金の記録と見込み額を把握しておく。

ただし、これらはダメージを減らす方法であって、なくす方法ではない。熟年離婚のリスクをゼロにする方法は、最初から結婚しないことだけだ。

まとめ:老後の資産を、半分にされるな

同居20年以上の熟年離婚は、2024年に4万686組。離婚全体の約2割を占め、家庭裁判所の夫婦関係の調停は約74%が妻からの申し立てだ。定年、退職金、子供の独立が重なる時期に、離婚は切り出される。

財産分与では退職金と自宅を含む共有財産の原則2分の1、年金分割では婚姻期間中の厚生年金の記録の最大2分の1が妻に移る。モデルでは、資産と年金を合わせて約4,200万円を失う計算になった。そして、家事も一人の過ごし方も知らないまま、60代で一人になる。

生涯独身なら、資産も年金も、一円も分割されない。一人で生きる力も、何十年もかけて身につけている。末代で何が悪い。お前の老後は、お前一人で守れ。

よくある質問

熟年離婚はどれくらい増えていますか?

厚生労働省の人口動態統計によると、同居期間20年以上の夫婦の離婚は1980年の約1万900組から、2024年には4万686組に増えた。離婚全体に占める割合も、1980年の7.7%から2023年には21.7%に上がっている。

年金分割とは何ですか?

離婚したときに、婚姻期間中の厚生年金の保険料納付記録を夫婦で分ける制度だ。夫婦の合意や裁判所の決定で最大2分の1まで分ける「合意分割」と、2008年4月以降に妻が第3号被保険者だった期間について、妻の請求だけで2分の1に分ける「3号分割」がある。

年金分割で夫の年金はいくら減りますか?

婚姻期間と収入によって変わる。この記事のモデル(平均標準報酬額50万円、婚姻期間30年、妻は専業主婦)では、夫の厚生年金の報酬比例部分が年約49万円、月約4.1万円減る計算になる。基礎年金(国民年金)は分割の対象にならない。

年金分割はいつまでに請求すればいいですか?

2026年4月1日以降に離婚した場合は、原則として離婚した日の翌日から5年以内だ。それより前に離婚した場合は2年以内となる。

熟年離婚で退職金は分けられますか?

婚姻期間に対応する部分は財産分与の対象になる。すでに受け取った退職金が預金として残っていれば対象になり、受け取る前でも定年が近く支給の見込みが高ければ対象になることが多い。

出典・参考資料

  1. 厚生労働省「人口動態統計」(同居期間別離婚件数)
  2. 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」(同居期間別離婚件数および百分率)
  3. 最高裁判所事務総局「令和6年 司法統計年報 3 家事編」第19表・第27表
  4. 日本年金機構「離婚時の年金分割」「離婚時の年金分割の請求期限」
  5. 日本年金機構「老齢厚生年金の計算方法」
  6. 厚生労働省「令和5年 就労条件総合調査」(退職給付の支給額)
  7. 内閣府孤独・孤立対策推進室「人々のつながりに関する基礎調査(令和6年)」