70歳。仕事を辞め、年金で暮らす一人の男。毎月の年金が振り込まれ、生活費が出ていく。通帳の残高は、少しずつ減っていく。「この貯金で、あと何年もつのか」。70代のおひとりさまが、毎月通帳を見るたびに考えることだ。
家族がいれば安心、と世間は言う。だが、子供の家の頭金を援助し、孫の入学祝いを包み、熟年離婚で年金を分け、気づけば老後資金が半分になっていたという既婚の男も少なくない。家族は、老後の財布を守ってくれるとは限らない。
この記事では、70代おひとりさまの貯蓄額の現実と、65歳以上の一人暮らしの家計を国の統計で確かめる。そして、逃げ切れる人とそうでない人を分ける差を、住まい・年金・介護の3つから明らかにする。今50代、60代の男にとっては、未来の自分の通帳を先に見る記事だ。
この記事の結論
- 70代単身世帯の金融資産は平均1,489万円、中央値500万円とされる
- 65歳以上の単身無職世帯は、毎月2万7,817円の赤字(2024年)
- 持ち家なら中央値500万円で約15年もつが、家賃があればずっと早く尽きる
- 逃げ切れるかを分けるのは、住まい・年金・介護の3つ
- 70代の通帳は、50代・60代の行動で決まる
70代おひとりさまの貯蓄額
金融経済教育推進機構(J-FLEC)の「家計の金融行動に関する世論調査2025年(単身世帯調査)」によると、70代の単身世帯の金融資産は、平均1,489万円、中央値500万円とされる(解説記事による)。ここでの金融資産には、日常的な出し入れに使う預貯金は含まれない。
単身世帯の金融資産(50代〜70代、2025年)
Fig. 01平均の1,489万円だけを見れば、余裕があるように見える。だが、中央値は500万円。70代の単身世帯の半分は、500万円以下の金融資産で暮らしている。そして、単身世帯全体では、金額を答えた世帯の30.8%が金融資産をまったく持っていない。
50代の中央値120万円から、70代の中央値500万円へと増えているのは、退職金が入ることが大きいと考えられる。逆に言えば、退職金のない働き方をしてきた人は、この中央値にも届かない可能性がある。
65歳以上の一人暮らしの家計
総務省の家計調査(2024年)によると、65歳以上の単身無職世帯(世帯主の平均年齢77.7歳)の家計は、次のとおりだ。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 実収入 | 134,116円 |
| うち社会保障給付(年金など) | 121,629円 |
| 非消費支出(税金・社会保険料) | 12,647円 |
| 可処分所得 | 121,469円 |
| 消費支出 | 149,286円 |
| 不足分(可処分所得−消費支出) | −27,817円 |
年金などの社会保障給付は月12万1,629円。税金と社会保険料を引いた可処分所得は月12万1,469円。それに対して、消費支出は月14万9,286円。毎月2万7,817円が足りない。この不足を、貯蓄を取り崩して埋めている。1年で約33万円だ。
何に金を使っているのか
65歳以上の単身無職世帯の消費支出の内訳(2024年・月平均)
Fig. 02最も大きいのは食料の4万2,085円。次が「その他の消費支出」の3万956円で、ここには交際費や日用品、理美容などが含まれる。注目すべきは住居の1万2,693円だ。この数字が小さいのは、65歳以上の単身世帯の多くが持ち家だからだ。賃貸で暮らしていれば、ここに毎月の家賃がまるごと上乗せされる。
貯蓄は、何年もつのか
では、70代の貯蓄で、毎月の不足を何年埋められるのか。単純に計算してみよう。
| ケース | 毎月の不足 | 500万円の場合 | 1,489万円の場合 |
|---|---|---|---|
| 持ち家・平均的な家計 | 約2.8万円 | 約15年(85歳まで) | 約44年 |
| 賃貸・家賃5万円 | 約7.8万円 | 約5年(75歳まで) | 約16年(86歳まで) |
| 賃貸・家賃8万円 | 約10.8万円 | 約4年(74歳まで) | 約11年(81歳まで) |
持ち家で平均的な家計なら、中央値の500万円でも約15年、85歳までもつ。平均の1,489万円なら、まず尽きない。だが、賃貸で家賃が8万円かかると、500万円は約4年で尽きる。平均の1,489万円でも、約11年で尽きる。家賃があるかないかで、逃げ切れるかどうかがまるで変わる。
しかも、この計算には介護や大きな医療費が入っていない。70代後半から80代にかけて、介護が必要になれば、出費はさらに増える。厚生労働省の簡易生命表では、70歳の男性の平均余命は約16年。85歳を超えて生きる人も珍しくない。「平均的に」逃げ切れても、長生きすれば足りなくなる。
逃げ切れる人と、そうでない人を分ける3つの差
| 差 | 逃げ切れる人 | 逃げ切れない人 |
|---|---|---|
| 住まい | 持ち家でローン完済、または家賃の安い住まい | 賃貸で家賃が高い、ローンが残っている |
| 年金 | 厚生年金に長く加入、繰り下げ受給も検討 | 国民年金のみ、加入期間が短い |
| 介護・医療 | 介護費用を別枠で確保、身元保証も準備 | 介護が必要になって初めて費用に気づく |
この3つは、70代になってからではほとんど変えられない。住まいも年金も介護の備えも、50代、60代の行動で決まる。70代の通帳は、20年前の自分が作っている。
差1:住まい──家賃が、すべてを決める
70代の家計で、いちばん大きな差を生むのは住まいだ。持ち家でローンを払い終えていれば、住居費は修繕費と固定資産税程度で済む。賃貸なら、毎月の家賃が年金から出ていく。
- 持ち家の場合:ローンを定年前に払い終える。修繕の費用を積み立てておく。一人には広すぎるなら、住み替えも考える
- 賃貸の場合:家賃の安い住まいに移る、公営住宅を検討する。高齢になると借りにくくなることがあるので、60代のうちに住まいを決めておく
- 住む場所:家賃の安い地方に移るのも一つの手だ。ただし、病院やスーパーに近いことが条件
独身の男が賃貸で暮らし続けるなら、老後の家賃分を、別に貯めておく必要がある。家賃6万円を25年払えば1,800万円。賃貸の独身の男の老後資金は、持ち家の男より、この分だけ多く要る。
差2:年金──厚生年金があるかどうか
年金の額は、現役時代の働き方で決まる。会社員として長く厚生年金に加入していた男と、自営業やフリーランスで国民年金だけだった男とでは、受け取る年金の額が大きく違う。
65歳以上の単身無職世帯の社会保障給付は、平均で月12万1,629円だった。これは、厚生年金の人も国民年金だけの人も含めた平均だ。国民年金だけなら、満額でも月7万円ほどで、毎月の不足はもっと大きくなる。
- ねんきん定期便で、見込み額を確かめる:50代になれば、かなり正確な見込み額がわかる
- 60代も働いて、厚生年金に加入し続ける:働いた分だけ年金が増える
- 繰り下げ受給を検討する:受け取りを遅らせると、1か月あたり0.7%年金が増える。70歳まで遅らせれば42%増える。ただし、その間の生活費は別に要る
- 自営業なら、付加年金やiDeCoで上乗せする
差3:介護と医療──別枠で用意しておけ
70代後半から、介護と医療の出費が増えていく。生命保険文化センターの調査では、介護にかかる費用は、一時的な費用と月々の費用を合わせて平均で総額500万円を超えるとされる。
そして、おひとりさまには、家族がいる人にはない出費がある。入院や施設への入居のときの身元保証、亡くなったあとの葬儀や部屋の片づけを頼む死後事務委任。これらを専門の事業者に頼むと、まとまった費用がかかる。
だから、介護と身元保証、死後の費用は、生活費とは別枠で用意しておけ。生活費の取り崩しに使ってしまうと、いざというときに介護の費用が払えなくなる。当サイトの老後資金のシミュレーションでは、この予備費を800万円程度と見ている。
70代になってからの家計の守り方
すでに70代、または70代が近い男にも、できることはある。
- 毎月の不足額を把握する年金の手取りと、実際の生活費の差を、家計簿で正確に出す。
- 取り崩しの計画を立てる「毎月いくらまで取り崩すか」を決め、残りの年数を計算する。
- 固定費を削る通信費、保険、使っていないサブスク。年金暮らしでは、固定費の削減がいちばん効く。
- 介護の費用を別の口座に分ける生活費の取り崩しと混ぜない。
- 無理のない範囲で働く週に数日の仕事でも、取り崩しを大きく減らせる。
働くことは、金のためだけではない。人と話す機会ができ、体を動かし、生活にリズムができる。70代で週に2〜3日働くことは、家計と健康と孤独対策を、同時に満たす方法だ。
70代の貯蓄を狙う連中に注意しろ
70代の貯蓄は、詐欺の標的になりやすい。警察庁の統計では、特殊詐欺の被害者の多くは高齢者だ。そして、おひとりさまは、相談する家族がそばにいない分、だまされたことに気づくのが遅れやすい。
- 電話で金の話が出たら、一度切る:役所、警察、銀行を名乗っても、自分で番号を調べてかけ直す
- 「必ずもうかる」「元本保証」の投資話は、すべて疑う
- 大きな金を動かす前に、誰かに話す:友人、きょうだい、消費生活センター(188)
- 留守番電話を設定しておく:知らない番号には出ない
50代・60代の男が、今からやること
| 今の年代 | やること |
|---|---|
| 40代 | 新NISA・iDeCoで積立を始める。老後の住まいの方向性を考える |
| 50代 | 賃金のピークの給料を積立に回す。ねんきん定期便で年金を確認。ローンの完済計画 |
| 60代前半 | 再雇用や転職で働き続ける。住まいを決める。繰り下げ受給を検討 |
| 60代後半 | 取り崩しの計画を立てる。介護・身元保証・死後事務の費用を別枠で確保 |
独身の男は、教育費も住宅ローン(賃貸なら)もない分、50代の給料を老後の備えに集中できる。50代の10年で、毎月10万円を積み立てれば、元本だけで1,200万円。それだけで、70代の中央値の倍以上だ。70代の通帳は、今日の給料日の設定で決まる。
逃げ切る独身と、老後資金を削られる既婚
70代で逃げ切る独身の男
- 50代の給料を、老後の積立に集中させた
- 住まいを60代で決め、家賃か修繕費の計画がある
- 介護と身元保証の費用を別枠で確保している
- 週に数日働き、取り崩しを遅らせている
老後資金を削られる既婚の男
- 子供の教育費で、50代の積立ができなかった
- 子供の家の頭金、孫の祝いで貯蓄が減る
- 熟年離婚で、年金と財産を分けることになる
- 「家族がいるから」と、介護の費用を考えていない
もちろん、夫婦二人の年金で余裕のある老後を送る既婚の男もいる。だが、家族のための出費がなく、自分の老後に全部を積み上げられるのは、独身の男の大きな強みだ。その強みを、50代、60代のうちに使い切れ。
俺は毎月の不足額も、取り崩しの年数も、介護の予備費も、数字で出してある。お前はどうだ? 子供の家の頭金を出し、孫の祝いを包み、それで自分の介護費用は残っているのか? 老後の金が尽きるかどうかは、独身か既婚かで決まるんじゃない。計算したかどうかで決まる。
まとめ:70代の通帳は、今日決まる
70代の単身世帯の金融資産は、平均1,489万円、中央値500万円とされる。65歳以上の単身無職世帯は、可処分所得12万1,469円に対して消費支出14万9,286円で、毎月2万7,817円の赤字だ。持ち家で平均的な家計なら、中央値の500万円でも約15年もつが、家賃が8万円かかれば約4年で尽きる。
逃げ切れるかを分けるのは、住まい・年金・介護の3つの差だ。そして、そのどれも、70代になってからではほとんど変えられない。50代の給料を積立に集中させ、60代で住まいを決め、働き続け、介護と身元保証の費用を別枠で確保しろ。年金や制度、介護費用は変わるので、最新の情報を確認してほしい。
70代の通帳は、今日の給料日の設定で決まる。末代で何が悪い。
よくある質問
70代おひとりさまの貯蓄額の平均は?
金融経済教育推進機構(J-FLEC)の家計の金融行動に関する世論調査2025年(単身世帯調査)では、70代の単身世帯の金融資産は平均1,489万円、中央値500万円とされる(解説記事による)。平均は一部の高額保有世帯に引き上げられるので、中央値の方が実感に近い。
70代の一人暮らしの生活費はいくら?
総務省の家計調査(2024年)では、65歳以上の単身無職世帯(世帯主の平均年齢77.7歳)の消費支出は月14万9,286円だった。可処分所得は月12万1,469円で、毎月2万7,817円が不足している。
貯蓄500万円で老後は逃げ切れる?
持ち家で、毎月の不足が平均的な2万8千円程度なら、500万円で約15年もつ計算になる。だが、賃貸で家賃がかかる、介護が必要になる、医療費がかさむといった場合は、ずっと早く尽きる。住まいと介護の備えで大きく変わる。
逃げ切れる人と逃げ切れない人の差は?
住まい(持ち家か賃貸か)、年金の額(厚生年金があるか)、介護や医療への備え、そして70代になるまでにどれだけ貯めたかの差だ。特に、家賃がかかるかどうかは、毎月の赤字を大きく左右する。
今から70代に向けてできることは?
50代・60代のうちに老後資金を積み立てる、住まいを決める、年金の受け取り方を考える、60代も働いて取り崩しを遅らせる、介護と身元保証の備えをする、などだ。早く始めるほど、毎月の負担は軽くなる。
出典・参考資料
- 金融経済教育推進機構(J-FLEC)「家計の金融行動に関する世論調査2025年(単身世帯調査)」(年代別の値は解説記事による)
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2024年」参考4 表2(65歳以上の単身無職世帯)
- 厚生労働省「簡易生命表」、日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」(介護費用)