同じものを何度も買ってくる。通帳と印鑑をどこにしまったか思い出せない。家賃の引き落としの残高が足りないと、管理会社から連絡が来る。自分の頭が、少しずつ言うことを聞かなくなる。一人で暮らすおひとり様にとって、認知症は、最も備えておくべき老後のリスクの一つだ。
家族のいる男は、「ボケたら家族が面倒を見る」と言う。だが、判断能力が落ちたあと、家族でも本人の預金を自由に下ろすことはできず、施設の契約にも家庭裁判所の手続きが要る。そして、介護に疲れた家族の人生も、少しずつ削られていく。
おひとり様は、判断能力があるうちに、自分で備えておける。この記事では、おひとり様が認知症になったら何が起きるかを整理し、今やっておく5つの契約――見守り、財産管理、任意後見、死後事務、遺言――をまとめた。認知症の備えは、判断能力があるうちにしかできない。
この記事の結論
- 認知症の高齢者は2040年に584.2万人と推計される。誰にでも起こりうる
- おひとり様は、預金・契約・詐欺・暮らしの危険が一人に降りかかる
- 判断能力が落ちてからでは、自分で契約を結ぶのは難しい
- 今やっておく5つの契約:見守り・財産管理・任意後見・死後事務・遺言
- 物忘れが気になったら、早めに相談しろ。早いほど準備の時間がある
認知症は、誰にでも起こりうる
厚生労働省の研究班が2024年に公表した推計によると、2022年の認知症の高齢者は443.2万人(65歳以上の有病率12.3%)、軽度認知障害(MCI)の高齢者は558.5万人(有病率15.5%)だった。そして、2040年には、認知症が584.2万人、MCIが612.8万人になると推計されている。
認知症と軽度認知障害(MCI)の高齢者の推計
Fig. 012040年には、認知症とMCIを合わせると約1,200万人。高齢者の3人に1人に近い。認知症は、特別な人がなる病気ではない。長生きすれば、誰にでも起こりうる。そして、65歳以上男性の独居率は、2020年の16.4%から2050年には26.1%になると推計されている。一人で暮らしながら認知症になる男は、これから確実に増える。
おひとり様が認知症になると、何が起きるか
| 場面 | 起きること | 家族がいる場合 |
|---|---|---|
| お金 | 支払いを忘れる、通帳をなくす、預金を下ろせなくなる | 家族が気づいて動くことがある(ただし法的な手続きは必要) |
| 契約 | 介護サービスや施設と契約できない | 家族が後見の申し立てをすることが多い |
| 詐欺・悪質商法 | 不要な契約や高額な買い物をさせられても気づけない | 家族が気づいて止めることがある |
| 暮らしの危険 | 火の消し忘れ、食事をとらない、薬を飲み忘れる | 同居の家族が気づく |
| 医療 | 体の不調を伝えられない、治療の説明を理解できない | 家族が付き添う |
家族がいれば、家族が異変に気づき、動くことができる。おひとり様は、異変に気づく人も、動く人もいない。そして、判断能力が落ちた本人は、自分の異変に気づきにくい。だから、判断能力があるうちに、気づく人と動く人を、契約で用意しておく必要がある。
判断能力が落ちると、預金が下ろせなくなることがある
おひとり様にとって、特に深刻なのがお金だ。銀行は、預金者の判断能力が落ちていると知ると、本人を守るために、取引を制限することがある。そうなると、介護や施設の費用を、自分の預金から払えなくなる。
- 銀行の代理人の制度:元気なうちに、代わりに手続きできる人を届け出ておける銀行もある
- 財産管理等委任契約:判断能力があるうちから、財産の管理を任せる契約
- 任意後見:判断能力が落ちたら、任意後見人が預金の管理をする
- 口座を整理しておく:使っていない口座を解約し、管理しやすくしておく
家族がいても、判断能力が落ちたあとは、家族でも自由に預金を下ろすことはできない。後見人などが選ばれる必要がある。つまり、家族がいてもいなくても、準備が要る。おひとり様は、その準備を自分でやっておく。
今やっておく5つの契約
| 契約 | 効き始めるとき | 中身 |
|---|---|---|
| 1. 見守り契約 | 元気なうちから | 定期的な連絡や訪問で、体調と判断能力の変化に気づいてもらう |
| 2. 財産管理等委任契約 | 体が弱ったとき(判断能力はある) | 預金の出し入れ、支払い、手続きを代わりにしてもらう |
| 3. 任意後見契約 | 判断能力が落ちたとき | 財産の管理と、介護・施設・医療の契約をしてもらう |
| 4. 死後事務委任契約 | 亡くなったあと | 葬儀、片づけ、役所の手続き、各種の解約 |
| 5. 遺言 | 亡くなったあと | 財産を誰に残すかを決める |
5つの契約がつなぐ時間(イメージ)
Fig. 02この5つは、人生の段階ごとに、切れ目なくつながっている。元気なうちは見守りで変化に気づいてもらい、体が弱ったら財産管理を任せ、判断能力が落ちたら任意後見に切り替え、亡くなったら死後事務と遺言で始末をつける。同じ信頼できる人にまとめて頼めば、引き継ぎもスムーズだ。
1. 見守り契約:変化に気づく人を持つ
おひとり様の認知症の最大の問題は、誰も変化に気づかないことだ。見守り契約は、信頼できる人や専門家が、定期的に連絡や訪問をして、体調と判断能力の変化に気づくための契約だ。
見守り契約は、任意後見をスタートさせるきっかけにもなる。任意後見は、判断能力が落ちたときに家庭裁判所に申し立てて始まる。判断能力が落ちたことに誰かが気づかなければ、任意後見は始まらない。見守り契約は、その「気づく人」を用意する契約だ。安否確認アプリや見守りサービスとも組み合わせろ。
2. 財産管理等委任契約:体が弱ったときの手足
判断能力はあるが、体が弱って銀行や役所に行けない。そういうときに、預金の出し入れや支払い、手続きを代わりにしてもらうのが財産管理等委任契約だ。
任意後見は判断能力が落ちてからしか始まらないので、その前の段階を支えるのがこの契約だ。任意後見契約とセットで結ぶことが多い。ただし、財産管理等委任契約には、任意後見のような家庭裁判所の監督がない。信頼できる人を選び、報告の方法を決めておけ。
3. 任意後見契約:判断能力が落ちたときの代理人
認知症の備えの中心になるのが任意後見契約だ。判断能力があるうちに、自分で後見人を選び、任せる内容を決めて、公正証書で契約しておく。判断能力が落ちたら、家庭裁判所が任意後見監督人を選び、任意後見人が財産の管理と、介護・施設・医療の契約を代わりに行う。
最高裁判所の統計では、2025年末の成年後見制度の利用者25万9,901人のうち、任意後見はわずか2,833人だった。多くの人が準備をしないまま判断能力が落ち、家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見になっている。法定後見では、2025年に選ばれた後見人等の83.6%が親族以外だった。自分の後見人を、自分で選べ。
4. 死後事務委任契約:後見は亡くなると終わる
任意後見も法定後見も、本人が亡くなると終わる。後見人は、原則として葬儀や死後の手続きを行えない。だから、亡くなったあとの手続きを頼む死後事務委任契約が別に必要になる。
- 葬儀、火葬、納骨
- 役所への届け出(年金、健康保険など)
- 賃貸住宅の解約と部屋の片づけ
- 公共料金、携帯電話、サブスクの解約
- 関係者への連絡
死後事務委任契約も、判断能力があるうちに結ぶ必要がある。任意後見人と同じ人に頼めば、亡くなったあとの引き継ぎもスムーズだ。
5. 遺言:財産の行き先を決める
最後に、遺言だ。遺言がなければ、財産は法定相続人(親、きょうだい、甥・姪)に行き、相続人がいなければ最終的に国庫に入ることがある。世話になった人や応援したい団体に残したいなら、遺言で決めておくしかない。
遺言は、遺言能力(遺言の内容を理解し判断できる能力)があるうちにしか書けない。認知症が進んでから書いた遺言は、無効だと争われるおそれがある。公正証書遺言にしておけば、形式の不備で無効になりにくく、原本が公証役場に保管される。
いつ始めるか:60代のうちに
5つの契約は、判断能力があるうちにしか結べない。そして、認知症は、ある日突然始まるのではなく、少しずつ進むことが多い。「まだ大丈夫」と思っているうちに、判断能力は落ちていく。
- 50代:誰に頼むかを考え始める甥・姪、友人、専門家。候補を挙げる。
- 60代前半:遺言を作る公正証書遺言で、財産の行き先を決める。
- 60代:任意後見と死後事務の契約を結ぶ見守り、財産管理と合わせて、信頼できる人と。
- 毎年:内容を見直す財産や希望が変わったら、更新する。
物忘れが気になったら、早く相談しろ
「最近、物忘れが増えた」と感じたら、早めに相談しろ。
- かかりつけ医:まず相談しやすい窓口。必要なら専門の医療機関を紹介してもらう
- 地域包括支援センター:認知症の相談、介護サービスへのつなぎ
- 自治体の認知症の相談窓口や初期集中支援チーム:早い段階から支援する仕組みがある地域もある
早く気づけば、治療やサービスで進行をゆるやかにできることもある。そして何より、契約を準備する時間が確保できる。軽度認知障害(MCI)の段階なら、まだ自分で判断して契約を結べることも多い。相談を先送りするほど、自分で決められることは減っていく。
認知症を遠ざける暮らし
契約で備えるのと同時に、認知症になりにくい暮らしも意識しろ。研究班も、生活習慣病の管理などが認知機能の低下の抑制に関わった可能性を指摘している。
- 高血圧・糖尿病などの生活習慣病を管理する
- 体を動かす:散歩、運動の習慣
- 人と話す:社会とのつながりは、認知機能の維持に役立つとされる
- 聞こえを保つ:聞こえが悪くなったら、補聴器を検討する
- 酒とたばこを控える
おひとり様は、人と話す機会が減りやすい。行きつけの店、趣味の仲間、地域の集まり。人とのつながりは、孤独を防ぐだけでなく、頭を守ることにもつながる。
認知症に備えるおひとり様と、家族に頼る既婚
認知症に備えるおひとり様
- 見守り・財産管理・任意後見を、信頼できる人と契約した
- 死後事務委任と公正証書遺言も済ませた
- 物忘れが気になったら、すぐに相談する
- 判断能力が落ちても、自分が選んだ人に守られる
「家族が面倒を見る」と考える既婚の男
- 判断能力が落ちたら、家族でも預金を下ろせない
- 後見の申し立てで、家族が家庭裁判所に通う
- 遺言がなく、認知症のあとでは書けない
- 介護に疲れた家族の人生が、少しずつ削られる
認知症への備えは、家族がいてもいなくても必要だ。だが、家族のいる人は「家族がいるから」と先送りしがちだ。おひとり様は、最初から自分で備えるしかないと知っている。だからこそ、家族のいる人より先に、確かな備えができる。
面倒を見てくれる人は、もう契約で決めてある。見守りも、財産の管理も、後見も、死後の始末も、遺言も。お前は、ボケたら妻が預金を下ろせると思っていないか? 判断能力が落ちたら、家族でも勝手には動けない。準備をしていないのは、お前の方だ。
まとめ:判断能力があるうちに、5つの契約を
認知症の高齢者は2022年に443.2万人、2040年には584.2万人と推計され、軽度認知障害を含めると高齢者の3人に1人に近い。おひとり様が認知症になると、預金を下ろせない、施設と契約できない、詐欺に気づけない、暮らしの危険に周りが気づかない、という問題が一人に降りかかる。
判断能力があるうちに、見守り契約、財産管理等委任契約、任意後見契約、死後事務委任契約、遺言の5つを準備しろ。同じ信頼できる人にまとめて頼めば、元気なうちから亡くなったあとまで切れ目なく支えてもらえる。60代のうちに契約を済ませ、物忘れが気になったら早めに相談しろ。契約の内容や費用は個別の状況で違うので、公証役場や専門家、地域包括支援センターに確認してほしい。
自分の頭がはっきりしているうちに、自分の最後を決めておけ。末代で何が悪い。
よくある質問
おひとり様が認知症になると、何が困る?
預金の管理や支払いができなくなる、銀行の手続きができず預金を下ろせなくなる、介護サービスや施設と契約できない、悪質な契約や詐欺の被害に気づけない、一人暮らしの危険に周りが気づかない、などだ。家族がいれば家族が気づき動くことも、おひとり様は自分で準備しておく必要がある。
認知症になる前にやっておくべき契約は?
見守り契約、財産管理等委任契約、任意後見契約、死後事務委任契約、遺言の5つだ。判断能力が落ちてからでは、自分の意思で契約を結んだり遺言を書いたりすることが難しくなる。
認知症の高齢者はどれくらいいる?
厚生労働省の研究班の推計(2024年)では、2022年の認知症の高齢者は443.2万人(有病率12.3%)、軽度認知障害(MCI)は558.5万人(有病率15.5%)。2040年には認知症が584.2万人、MCIが612.8万人になると推計されている。
認知症になったら、銀行の預金はどうなる?
銀行が本人の判断能力の低下を知ると、本人保護のために取引が制限されることがある。後見人などが選ばれれば、後見人が手続きを行える。元気なうちに、銀行の代理人の制度や、財産管理等委任契約・任意後見契約を準備しておくといい。
物忘れが気になり始めたら、どうすればいい?
かかりつけ医や、地域の認知症の相談窓口、地域包括支援センターに相談するといい。早く気づけば、治療やサービスで進行をゆるやかにできることもあり、契約の準備をする時間も確保できる。
出典・参考資料
- 厚生労働省 認知症施策推進関係者会議(2024年5月)で公表された研究班の推計(認知症及び軽度認知障害の有病率・将来推計)
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況 令和7年1月〜12月」
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)令和6年推計」
- 法務省「任意後見制度」、日本公証人連合会「公正証書遺言」「任意後見契約」