ある日、あなたが倒れたとする。病院に運ばれ、意識がない。誰が、あなたのかかりつけ医を知っているか。誰が、どの銀行に口座があるかを知っているか。あなたが延命治療を望んでいたか、どんな葬儀を望んでいたか。家族のいないおひとりさまの場合、それを知っている人は、誰もいない。
家族のいる男は、「家族がわかっているから」とノートを書かない。だが、家族も、夫の口座がどこにあるか、どのサブスクを解約すればいいか、ネット証券の存在すら知らないことが多い。何も書き残さなかった男の後始末で、家族は何か月も走り回る。
おひとりさまのエンディングノートは、もしものときに誰かが代わりに動くための地図だ。この記事では、おひとりさまが書くべき12項目、書き方のコツ、保管と伝え方、見直しのタイミングをまとめた。地図がなければ、誰も動けない。
この記事の結論
- エンディングノートは、代わりに動く人のための地図だ
- 財産の行き先は遺言で、それ以外の情報と希望はノートで
- おひとりさまが書くべきは12項目。書けるところから埋めろ
- パスワードそのものは書くな。保管場所や確認方法を書け
- 置き場所を、頼んだ人に伝えろ。誰も知らないノートは、ないのと同じだ
なぜ、おひとりさまにこそ必要なのか
家族のいる人のエンディングノートは、家族が知らないことを補うものだ。おひとりさまのエンディングノートは、誰も何も知らない状態を、ゼロから埋めるものだ。
国立社会保障・人口問題研究所の推計(2024年)では、男性の高齢単独世帯に占める未婚者の割合は、2020年の33.7%から2050年には59.7%になる。
高齢単独世帯に占める未婚者の割合の推計
Fig. 01配偶者も子もいない一人暮らしの高齢者が、これから急増する。そういう人が倒れたり亡くなったりしたとき、病院も、警察も、自治体も、後見人も、死後事務を頼まれた人も、本人の情報を知らない。エンディングノートは、その人たちが最初に開く地図になる。
エンディングノートと遺言の違い
| 項目 | エンディングノート | 遺言 |
|---|---|---|
| 法的な効力 | なし | あり(形式を満たせば) |
| 書き方 | 自由 | 決められた形式(公正証書遺言、自筆証書遺言など) |
| 書くこと | 情報(財産、連絡先、契約先)と希望(医療、葬儀) | 財産の行き先、遺言執行者の指定など |
| 使われるとき | 倒れたとき、判断能力が落ちたとき、亡くなったとき | 亡くなったとき |
大事なのは、財産の行き先は遺言で決めることだ。エンディングノートに「この預金は甥に」と書いても、法的な効力はない。財産の行き先は遺言で決め、エンディングノートには「遺言は公証役場にある」と書いておく。役割を分けて、両方そろえろ。
おひとりさまが書くべき12項目
| 分野 | 項目 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| お金 | 1. 財産の一覧(口座、証券、保険、年金、不動産、借金) | 後見、相続、死後の手続き |
| 2. デジタルの一覧(ネット銀行・証券、サブスク、SNS) | 解約、相続 | |
| 3. 毎月の支払い(家賃、公共料金、カード、保険料) | 支払いの継続と解約 | |
| 医療・介護 | 4. かかりつけ医、持病、服薬、アレルギー | 救急搬送、入院 |
| 5. 介護の希望(在宅か施設か、入りたい施設) | 介護が必要になったとき | |
| 6. 延命治療の希望 | 意思を伝えられないとき | |
| 人と契約 | 7. 緊急連絡先と、連絡してほしい人の一覧 | 倒れたとき、亡くなったとき |
| 8. 契約先(任意後見、死後事務、身元保証、見守り) | 手続きの引き継ぎ | |
| 9. 遺言の有無と保管場所 | 亡くなったとき | |
| 死後と暮らし | 10. 葬儀と納骨の希望 | 亡くなったとき |
| 11. 住まいと物の扱い(持ち家、賃貸、残したい物) | 片づけ、売却 | |
| 12. ペット、趣味の道具、伝えたいこと | 亡くなったとき |
12項目を一度に全部書く必要はない。まずは、7の緊急連絡先と、4の医療の情報から書け。倒れたときに、最初に必要になる情報だからだ。次に、1の財産と2のデジタル。そして、契約や葬儀の準備が進んだら、8から10を書き足していく。
お金の書き方:場所だけ書け
財産の一覧は、「どこに何があるか」だけを書けばいい。
- 銀行:金融機関名、支店名、口座の種類。口座番号は下数桁だけでもいい
- 証券:証券会社名、ネット証券ならその旨
- 保険:保険会社名、保険の種類、受取人
- 年金:基礎年金番号の保管場所
- 不動産:所在地、権利証や登記の書類の保管場所
- 借金・ローン:借入先、残高の目安
暗証番号やパスワードは、ノートに書くな。ノートが盗まれたり、悪意のある人の目に触れたりしたら、財産が危うくなる。「通帳と印鑑は〇〇にある」「パスワードは△△で管理している」と、保管場所や確認方法だけを書け。暗証番号が必要なものは、任意後見人や死後事務を頼む人と、別の方法で共有を考えろ。
デジタルの書き方:存在を知らせろ
おひとりさまのノートで、いちばん大事で、いちばん抜けやすいのがデジタルだ。ネット銀行、ネット証券、暗号資産、電子マネー、サブスク。通帳も郵便物もないので、ノートに書いていなければ、誰も存在に気づかない。
- お金のあるサービス:ネット銀行、ネット証券、暗号資産、電子マネー、ポイント
- 毎月払っているサービス:動画、音楽、クラウド、アプリ、ジム
- スマホとパソコン:中身をどうしてほしいか(消去してほしい、写真は残したいなど)
- SNSとメール:亡くなったことを知らせてほしいか、アカウントをどうしてほしいか
特にサブスクは、解約されないまま、口座から引き落とされ続けることがある。カードの明細を見ながら、毎月払っているものを全部書き出せ。そして、使っていないものは、ノートに書く前に今解約しろ。
医療と介護の書き方:自分の言葉で
医療と介護の希望は、自分が意思を伝えられなくなったときに使われる。だからこそ、自分の言葉で、具体的に書け。
- 介護:「できるだけ自宅で暮らしたい」「一人の時間が過ごせる個室の施設がいい」「予算は月〇万円まで」
- 延命治療:「回復の見込みがないなら、延命治療は望まない」など。医師や頼んだ人とも話しておく
- 告知:病名や余命を知りたいか
- 暮らしの楽しみ:「好きな音楽を流してほしい」「この店の食事を届けてほしい」
延命治療の希望は、ノートに書くだけでなく、かかりつけ医や、任意後見人、緊急連絡先の人と話しておけ。人生の最終段階の医療について、前もって話し合っておく取り組みは、「人生会議」とも呼ばれている。
連絡先と契約先:誰が何をするかを書け
おひとりさまのノートで、家族のいる人と最も違うのがここだ。家族の代わりに動く人と、その役割を書く。
| 役割 | 書くこと |
|---|---|
| 緊急連絡先 | 名前、関係、電話番号。2〜3人 |
| 亡くなったら知らせてほしい人 | 友人、元同僚、趣味の仲間の名前と連絡先 |
| 任意後見人 | 名前、連絡先、契約書の保管場所 |
| 死後事務を頼んだ人・事業者 | 名前、連絡先、契約書の保管場所 |
| 身元保証・見守りの事業者 | 事業者名、連絡先、契約の内容 |
| 遺言 | 公正証書遺言なら公証役場、自筆なら法務局の保管か自宅のどこか。遺言執行者 |
これを書いておけば、最初にノートを開いた人が、次に誰に連絡すればいいかがわかる。病院の職員でも、警察でも、家主でも、ノートから任意後見人や死後事務の担当者にたどり着ける。
葬儀と納骨:決めたことを書け
- 葬儀の形:一般葬、家族葬、火葬のみなど。宗教・宗派の有無
- 生前契約:葬儀社と契約しているなら、その連絡先と契約の内容
- 納骨先:先祖の墓、永代供養墓、樹木葬、散骨など
- 遺影に使いたい写真:あれば保管場所を
- 費用:どこから払うか(死後事務の預託金、預金など)
ノートは、何を使えばいいか
エンディングノートには、決まった形はない。市販のノート、自治体が配るノート、普通の大学ノート、パソコンのファイル。どれでもいい。
- 自治体のノート:無料で、地域の相談窓口の情報も載っている。まず手に取るならこれ
- 市販のノート:項目が細かく、書き漏れを防げる
- 大学ノートやファイル:自分に必要な項目だけ、自由に書ける
- パソコンやスマホ:更新しやすいが、ロックを解除できないと誰も見られない。紙と併用する
おすすめは、紙を基本にすることだ。パソコンやスマホのファイルは、本人が亡くなるとロックが解除できず、誰も見られないことがある。紙のノートに書き、必要ならパソコンの一覧の場所もノートに書いておく。
エンディングノートの準備度チェック
自分のノートがどこまでできているか、書けている項目にチェックしてみろ。
保管と伝え方:誰も知らないノートは、ないのと同じ
ノートを書いても、誰も置き場所を知らなければ、見つけてもらえない。
- わかりやすい場所に置く机の引き出し、本棚の決まった場所。隠しすぎない。
- 置き場所を伝える緊急連絡先、任意後見人、死後事務を頼んだ人に。
- 自治体の登録を使う終活情報の登録制度があれば、ノートの保管場所を登録する。
- 財布やスマホにメモを入れる「エンディングノートは自宅の〇〇にあります」。
- コピーを預ける信頼できる人に、一部の写しを預けておく方法もある(財産の情報は慎重に)。
年に一度、見直せ
エンディングノートは、一度書いたら終わりではない。口座が変わる、サブスクが増える、緊急連絡先の人が引っ越す、希望が変わる。年に一度、誕生日などに見直すと決めておけ。
見直すたびに、自分の暮らしの棚卸しにもなる。使っていない口座やサブスクに気づき、会っていない友人を思い出し、やりたいことが見えてくる。ノートを書くことは、残りの人生をどう生きるかを考えることでもある。
地図を残すおひとりさまと、何も残さない男
地図を残すおひとりさま
- 財産とデジタルの一覧が、ノートにある
- 介護と延命治療の希望を、自分の言葉で書いた
- 任意後見人と死後事務の担当者に、置き場所を伝えた
- 倒れても、亡くなっても、誰かがすぐに動ける
「家族がわかっている」と書かない男
- 家族は、ネット証券の存在すら知らない
- どのサブスクを解約すればいいか、誰もわからない
- 延命治療の希望を、誰にも伝えていない
- 後始末で、家族が何か月も走り回る
エンディングノートは、家族がいてもいなくても必要だ。だが、家族のいる人は「家族がわかっている」と書かない。おひとりさまは、書かなければ誰も何も知らないと知っている。だからこそ、家族のいる人より、ずっと役に立つ地図を残せる。
読むのは、俺が倒れたときに動く人だ。病院の職員、任意後見人、死後事務の担当者。俺のノートには、口座もサブスクも、介護の希望も、葬儀の形も書いてある。お前の家族は、お前のネット証券のパスワードの場所を知っているか? 誰も読まないノートより、誰も知らない財産の方が問題だ。
まとめ:エンディングノートは、代わりに動く人の地図だ
エンディングノートは、もしものときに、誰かが代わりに動くための地図だ。家族のいないおひとりさまは、ノートに書いていなければ、誰も何も知らない。男性の高齢単独世帯に占める未婚者は、2050年には59.7%になると推計されている。
財産の行き先は遺言で決め、それ以外の情報と希望をノートに書け。お金(財産、デジタル、毎月の支払い)、医療・介護(かかりつけ医、介護と延命治療の希望)、人と契約(緊急連絡先、契約先、遺言の場所)、死後(葬儀と納骨、知らせてほしい人、住まいと物)の12項目を、書けるところから埋めろ。パスワードそのものは書くな。置き場所を頼んだ人に伝え、年に一度見直せ。延命治療の希望などは、ノートに書くだけでなく、医師や頼んだ人とも話しておいてほしい。
地図を残せ。誰かが迷わずに動けるように。末代で何が悪い。
よくある質問
エンディングノートとは?
もしものとき(病気、判断能力の低下、死亡)に備えて、自分の情報や希望を書き留めておくノートだ。法的な効力はないが、代わりに動く人が、財産、連絡先、契約先、医療や葬儀の希望を知るための手がかりになる。
エンディングノートと遺言の違いは?
遺言は、財産の行き先などを法的に決める書類で、決められた形式で作る必要がある。エンディングノートには法的な効力はなく、自由に書ける。財産の行き先は遺言で決め、それ以外の情報や希望はエンディングノートに書く、と使い分けるといい。
おひとりさまはエンディングノートに何を書けばいい?
財産の一覧、デジタルの一覧、緊急連絡先と連絡してほしい人、かかりつけ医と持病、介護と延命治療の希望、契約先(任意後見・死後事務・身元保証)、遺言の有無と保管場所、葬儀と納骨の希望、ペット、住まいと物の扱い、などだ。
エンディングノートはどこに保管すればいい?
自宅のわかりやすい場所に置き、その場所を緊急連絡先や任意後見人、死後事務を頼んだ人に伝えておく。自治体の終活情報の登録制度があれば、保管場所を登録しておくのもいい。暗証番号やパスワードそのものは書かない方が安全だ。
エンディングノートはいつ書けばいい?
思い立ったときが書きどきだ。おひとりさまなら50代から書き始め、年に1回、誕生日などに見直すといい。一度に全部書こうとせず、書けるところから少しずつ埋めていけばいい。
出典・参考資料
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)令和6年推計」
- 厚生労働省「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度」、日本公証人連合会「公正証書遺言」
- 各自治体のエンディングノート、終活情報登録の案内